平成20年度

          練習艦隊 入港を歓迎
                      − 旧砲術学校跡(米軍基地内)にて −

 大正3年10月11月、第一次大戦青島攻略戦における、海軍重砲隊の戦死者9名を弔った忠魂碑前(旧砲術学校そば山腹)で慰霊追悼行事が4月23日行われた。

 5年前、横須賀水交会海野顧問ほかベース歴史ガイドなどの関係者による調査に始まり、この度、米海軍横須賀基地副司令ランドクエスト中佐のご尽力により、周辺の雑木を刈り取り、碑を清掃し、階段を設置し慰霊祭を行うことが出来たものである。


 円覚寺の僧侶8名による読経、参列者の焼香、献花が行われ、海野顧問、佃顧問など水交会有志数名のほか多数の関係者が参列した。
       
 忠魂碑には「大正3年10月20日戦死 海軍2等水兵 山村与吉 大正年11月3日戦死 海軍3等兵曹 中嶋久治 同 照井弥助 同 吉田子之助 海軍1等水兵 鈴木鶴治 同 桑野静 同 竹内染二 同 近松茂 同 平嶋清」と9名の名前が刻されている。また側面には「正木海軍重砲隊指揮官以下隊員建之 大正3年12月1日」とあり94年経過していることがわかり、第二次大戦後は、ほとんど放置され、忘れられていたものといえる。

 参列した正木指揮官の孫の正木成虎氏(水交会会員)からも「国のために身を捧げた兵士の霊が浮ばれる。」との挨拶があり、参列者は感慨深いものがあった。

 史料によると、この海軍重砲隊は、常備部隊ではなく臨時に編成された部隊であって、その一部は海軍砲術学校の練習生からなされているとある。